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山梨県市川三郷町で、町の“のっぷい”と“大塚にんじん”を熱烈にPRし続ける塩島実さんは、そう振り返ります。

 かつて大塚地区で長く作られていた大塚にんじんは一時、生産者が3 軒にまで減少。この絶滅危惧野菜を「宝の土が育てた地域の誇り」として守りたい̶̶  その強い想いが、塩島さんの人生と地域を少しずつ変えていきました。

 将来は、家族で地域の野菜などを活用してカフェを開きたいと話す今回のテロワールな人・塩島さんの物語です。

「まるで土に吸い込まれる夢を見たんです。」

コーディネーター

山本幸男

のっぷいと“大塚にんじん”がつなぐ未来̶̶  塩島 さんの物語

つくり手から見た山梨テロワールのすばらしさ!

1. “宝の土”の衝撃との出会い 


黒ぼく土「のっぷい」とは


 市川三郷町の大塚地区では、黒ぼく土の一種である“のっぷい”というニックネームで呼ばれる土が広く分布しています。「歩くとボクボクと音がすることから名付けられた。」 という黒ボク土のことです。この地域に広がる黒ボク土は、八ヶ岳が噴火した7,000年 9,000年前の火山灰と、有機物(落ち葉・腐葉土など)が長く積み重なってできた、軽く 柔らかい土壌です。  

 

 塩島さんは、畑の土に棒を差し込んだ際、1メートル以上“スッ”と沈む柔らかさに衝撃 を受け「この体験は普通じゃない。宝の土だ。」と気づきました。その土の深さ・軽さこそ が、大塚にんじん特有の“1mを超える長さ”や“ぎっしり詰まった栄養”を生む要因にもなっ ているのです。 


大塚にんじんとの縁  


 大塚地区で作られる「国分鮮紅大長人参」は、江戸時代末期から続く在来種。かつては 生産者が3軒にまで激減したものの、町や農協による取り組みや収穫祭の開催などもあ り、今では約40軒ほどに回復しました。

 平均でも80cm、長いもので1m70cmに及ぶと いうこの人参は、熟成され糖度が13度近くまで上がり、ベータカロテンやビタミンCも通常の人参 を大きく上回る栄養価を誇ります。香りが強く煮崩れしにくいのも特徴で、12月から3月 にかけて鮮やかなオレンジ色を活かした料理として重宝されます。特に12月から1月にかけては最盛期となり、寒さが増すほどに甘味が増していきます。


 2. なぜ“のっぷい”は宝なのか


盆地と火山灰が生んだ奇跡  


 山梨県は3,000m級の山々に囲まれた甲府盆地。南北からの風が合流し、昔から火山灰 が深く堆積した地形的背景があります。八ヶ岳から遠く離れたこの場所には“軽い”火山灰 が運ばれ、独特の黒ぼく土が形成されました。石が少ない、さらさらとした質感、そして 団粒構造による通気性・保水性・排水性のバランスの良さ̶̶  まさに“根菜の楽園”ともい える環境です。


人が住み続ける理由 

 

 大塚地区の畑を耕していると、時には縄文や弥生時代の土器、さらには中国・呉の鏡(太陽銅鏡)まで出土することがあります。古代から連綿と人が住み続けたのは、山々の恩恵 による安定した水源と、農耕に適した土壌があったから。 「畑から出てくる遺物を目にするたびに、ここは先祖代々の知恵と手間で育てられた宝の 地なんだと実感します。」と塩島さんは語ります。 どこか“土に呼ばれた”かのような言葉が、彼の口からは自然とこぼれ落ちます。


3. 葛藤と決意 ̶̶  「笑われても、やるしかない」 


町の担当者から始まった“復活”プロジェクト  


 そもそも塩島さんと大塚にんじんの物語は、役場の産業振興課が「耕作放棄地を解消し よう」と動き出したところから始まりました。だれもやらないなら自分がやる̶̶ 敬遠されがちな長人参作りに取り組むうちに、「あのふかふかの土にはすごい可能性がある。」 と確信。「のっぷいオジサン」を自称し、イベント・直売・収穫体験ツアーなど、あらゆ る角度で地域の宝を売り込む日々が始まります。 


「何のために作っているのか」 


 実際、相手にされないことや笑われることも多かったといいます。「長すぎて売りにく い。」「加工もしづらい。」「高齢化や害虫被害がつらい。」など、生産者が減る要因は はっきりしている。しかし、塩島さんは単に地域の誇りを守るだけでなく、その情熱こそ が自らのアイデンティティーであると確信し、「この土だからこそ育つ、地域のシンボル を守りたい。」という強い信念を胸に歩み続けました。何度も「何のために俺は人参を作 るのか。」と自問する夜もありましたが、抜き立ての大塚にんじんを喜ぶ子どもたちの笑顔を見るたび、すべての迷いは一瞬にして消え去ったと語っています。 


4. 教育・観光・企業連携̶̶ 広がる“のっぷい”の可能性 


高校生との地域学プロジェクト  


 塩島さんは、町内の青洲高校との連携にも力を入れています。地域学の授業で、高校生 たちが大塚にんじんやのっぷい土を学び、畑や直売所でフィールドワークを実施。海外か らの留学生を招いて一緒に収穫体験をする機会を作るなど、郷土愛とグローバルな視点を 同時に育む試みも進んでいます。 


企業や加工メーカーへの提案 


「ただ長いにんじんを売るだけではもったいない。」と、塩島さんは販路拡大のために地 元食品工業団地や県外の市場、ホテル・飲食店へも積極的に営業をかけました。糖度やうま味を数値化する“味覚センサー分析”を活用し、栄養価や風味の高さをエビデンスとして提示。さらに、ケーキやスイーツへの活用、ドレッシング・スムージーなどの加工アイデアを一緒に考えることで、“大塚にんじん”の魅力を幅広い層へ届けようとしています。


観光資源としての「収穫体験」 


12月になると、1メートル近い人参を“バスに乗って”抜きに来る団体が数百人規模で訪 れることも。畑で自然を感じ、温泉施設「みたまの湯」から絶景を眺め、郷土の食文化を味わう̶̶ そんな観光コンテンツや収穫体験を提供することで、地域にお金も落ちる仕組みづくりを模索してい ます。事実、直売所の売上がコロナ禍前よりも大きく伸びた実績もあり、「体験型プロ モーション」の手応えは確かなものとなってきました。 


5. おわりに̶̶ 未来へ伸び続ける“大塚にんじん”のように 


 「砂漠でも永久凍土でもなく、この黒く豊かな土地に生まれたことは奇跡みたいなもので す。だったら、この地域の誇りを守りたいですよね。」と語る塩島さん。何度断られても 足を運び、イベントやSNSで発信し、県外・海外の人まで巻き込みながら、のっぷい土の価値をひたむきに伝え続けています。 誰かが種をまき、長い時間をかけ、土を耕し続けてきたからこそ育まれた大塚にんじん。 その背景には、太古の火山灰や歴史、そして人々の営みが織り成すストーリーが刻まれて います。 

 「郷土愛って、簡単に生まれるものじゃない。でもこの畑に来て土に触れれば、そのきっ かけはきっと得られるはずです。」̶̶  そう言って笑う塩島さんの姿と、大地深くまで伸 びる大塚にんじんの根は重なって見えるようです。  


 ぜひ一度、市川三郷町の畑に足を運んでみてください。土を手にとり、一心不乱に長い にんじんを引き抜く瞬間、ここでしか味わえない“テロワール”の豊かさを体いっぱいに感じるはずです。

DATA

【出荷時期】11月下旬から3月まで

【栽培面積】:約5ヘクタールです。家族経営の小規模農家が多く、一戸あたり平均0.5~0.1ヘクタールの規模で栽培しています。※大塚にんじんの栽培をされている方々全体のデータです。以下同様。

【年間生産量】年間の生産量は約30トンです。品質にこだわるため、収量よりも品質を優先しています。

【特徴的な栄養価】大塚にんじんは一般的なにんじんと比較して以下の特徴があります。

 - β-カロテン含有量: 一般的なにんじんより約1.5倍主に丘陵地帯で栽培されていますが、

 - 糖度: 平均12度前後(一般的なにんじんは8〜10度)

 - ビタミンB2(一般的なにんじんの約3倍)

 -ビタミンC(一般的なにんじんの約2.3倍)

 - 食物繊維: 歯ごたえのある食感は豊富な食物繊維によるもの(一般的なにんじんの約3.4倍)

 - 特に寒さによってデンプンが糖に変わる「糖化」が進むため、冬季の大塚にんじんは特に甘みが強くなります。

【栽培に対するこだわり】

「土づくりから始まる健全な野菜づくり」をモットーに、以下のこだわりを持っています。

 1. 有機質肥料の活用: 米ぬかや菜種かすなど植物性肥料を中心とした土づくり

 2. 低農薬栽培: 必要最小限の農薬使用にとどめ、自然の力を活かした栽培

 3. 手作業での管理: 間引きや草取りなど、機械化できる部分も手作業でおこなっています。

 4. 主な収穫時期: 最も甘みが増す適期(1月~2月)ですが、お正月におせち料理などお正月料理として使用されることが多くなり購入が12月に集中しています。

 5. 栽培へのこだわり: JA様のマニュアルは標準として、米ぬかや菜種かすなどの植物性の肥料により土壌の微生物を活かした栽培をしたいと考えています。

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